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荻原次晴のスポーツブレイク#30・ゲスト中田久美

 2009-05-28

5月の20日に放送された、荻原次晴のスポーツブレイクに中田久美さんが出演されていました。


中田久美さんの紹介から始まるんですが、同級生に尾崎豊さんがいたそうです。

バレーを始めたのは中学生。(意外と遅いんですね・・・・8^^;

そして2年生の時、当時全日本の監督だった山田重雄氏の英才教育チーム「LAエンジェルス」に入団

1980年に15歳1ヶ月で全日本代表選手に選出。(今思うと、15歳で全日本とはすごいですね)


ちなみにてめらーコノヤロー事件についての話がありました(^^;あれからもう約5年経つんですね・・・

そしてなぜあの時言ったのかについては

「オリンピックに出場することが目的ではない、五輪でメダルを取るのが目標。オリンピックに出場したから何になる?勝負はこれからだ」

と言っていました。まあそうですよね、五輪でメダルを取るのが目標ですからね


このあと画質があんまり良くないんですが、中田久美さんの若いころの映像が流れてました。

そして中田さんの伝説がフリップにて紹介されていました。

題して、元祖・天才少女、クンちゃんの伝説!

その?

「終わりなき猛練習!コートの床の変色伝説」

中田さんは全日本に入ってセッターに転向したらしく、毎日猛練習をした為、汗でコートが白くなったとか

日立の体育館は桜の木だったらしく、特殊だったんだそうです。

その?

「監督はすべてお見通し!たった1つの赤電話伝説」

赤電話というのは、現在の公衆電話の原型みたいので、合宿所には1つしかないんですが

それが山田監督の部屋の前にあり、そのため常に山田監督が管理していたみたいです。

その?

「これが唯一のお楽しみ!買い食いは禁断のお味伝説」

甘いものとかも禁止らしく、お菓子屋さんがあってそこで食べるのが、楽しみだったそうです。

栄養管理がきちっとしていたので、余分なものを取ることはダメで、中田さんは20発殴られたことも・・・


そして待ってた、イタリアの修行の話へ

なぜイタリアに来たのか?っていう質問に

「日本バレーの足りないところ、良いところ見つけるため、自信にもなる。」

映像は前にニッポンバレーの挑戦・・・とほぼ同じ。


そして中田さんのコメント

「何が優れてると勝てるのかな?って、日本の伝統バレーで固めたら世界からは遅れる、しかしイタリアのバレーが良いからといってそれをそのまま取り入れてはだめ、日本のバレーとイタリアバレーの間を見つけたい」


その後はセッターのコーチをしている中田さんの映像がありました。

そしてヴィチェンツァ対イェージの試合の映像がありましたが

元イタリア代表のリニエーリのスパイクが見られました。久しぶりですね~


このような形でした。この後も少しあるんですが、画質が悪かったので・・・・・m(_ _)m

なにかミスがありましたら、ご指摘していただけるとありがたいです。



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